卒乳

その日は突然やって来た。


昨夜、餃子を食べ過ぎたゲンキはパイを飲まずに寝た。
しかし、今日は何も食べ過ぎていない。
お風呂で「今日はパイパイ飲んで寝る?」と聞くと、
ちょっと間をおいて「ん」と小さい声で言った。確かに言った。


お風呂上り、ゲンキが絵本を持ってくるので、膝に座らせて2冊ほど読んだ。
母Yが布団に座って寝かしつけの準備をしていると、ゲンキがおもちゃ箱をひっくり返している。
どうしたの、ゲンキッキ。何探してるの?
「ぶーぶー」
あーちゃんに買ってもらった、天然木の車のことだ。
それなら、こっちの箱じゃない?ほら、あった。
取り出すと、すごく嬉しそうな顔で車を手に持ち、布団へ。
「ぶーぶー」と言いながら、枕の上を走らせている。
ていうか、寝ないの?
そうだった、という顔で、電気を消すゲンキ。
ゲンキッキ、パイパイ飲むのにブーブーはいらないよ。お片づけしよう。
「ん」と言って、母Yに車を手渡すゲンキ。
車をおもちゃの棚に片付けて、ゲンキを膝の上に乗せ、おやすみパイの体勢を作る。
いつものように飲む……
かと思いきや、近づけた顔をプイとそむけて膝から脱出するゲンキ。
え。
なんで。
どゆこと。


ゲンキくん、パイパイ飲まないの?
布団の反対側で、手を振るゲンキ。
バイバイなの?
「ん」
ほんとに飲まないの?
「ん」
パイパイ卒業?最後にもう1回くらい飲んだら?
頑なにバイバイと手を振るゲンキ。
がーん。


がっくりうなだれる母Yを気にもせず、ニコニコ笑ってさっき片付けたブーブーを持ってくる。
おまけに、紐を引いて電気までつけるゲンキ。
ゲンキッキ、寝ないの?ていうか、パイパイ飲まないの?
真顔でバイバイと手を振るゲンキ。
ああ、決定だ。やっぱり卒乳なんだ。
こんなに突然やってくるものなのか。
せめて予告くらいしてくれたらいいのに。
ああ、ショックだ。がーん。


でも、寝かしつけはしなければならぬ。
ゲンキくん、電気消そうね。ブーブーもねんねするって。ブーブーにおやすみして。
車を母Yに渡してバイバイするゲンキ。
再度、車をおもちゃの棚に片付ける。
昨夜と同じように、布団中をゴロゴロ転がりまわるゲンキの様子を見ながら、子守唄メドレーを唄う母Y。
ななつのこ」「夕焼け小焼け」「椰子の実」を各10回くらいずつ唄って、やっと寝た。


いつか卒乳する日が来るのかな〜、いつまでも飲んでるんじゃないかな〜、
それでもいいや〜、2歳ぐらいまでは全然許容範囲だよね〜、くらいに思っていた。
今年の1月あたりから、夜中も起きずに朝まで寝てくれるようになったので、
授乳の負担はほとんどなかった。
むしろ他に母親らしいことをしてあげられていないので、
母Yにとって、おやすみパイは免罪符みたいなものだったのに。
こうも唐突に卒乳されると、本人より母親のほうがダメージ大きいな。
寂しさを紛らわすのに一杯飲みたいところだが、あいにく下戸だ。
今日ほど酒が飲めないことを悔しく思った日はない。


1歳半とジャスト1週間で卒乳か。
どこまでも標準を裏切らない男、ゲンキ。
これから毎日、子守唄メドレーなのか。きっついなあ。
ああ、卒乳ショックで眠気が飛んでしまった。
カチカチと日記を書き、ひとり南天のど飴をなめる傷心の母Yなのだった。