母乳育児

ゲンキは、100%母乳で育てている。


退院前後の数日間のみミルクを足したが、
生後8日目から離乳食を始めた3月3日まで、母乳のみを飲んで大きくなった。
平均と比べれば遥かに小ぶりだが、風邪らしい風邪も引かず、健康に育っている。


ゲンキの体重がなかなか増えず、頻回授乳と寝不足で苦闘していた時、
親しい友人から「どうしてミルクにしないの?」と聞かれたことがある。
私が母乳育児にこだわる理由。なんだろう。
ゲンキにとって母乳を与えられる人間が、この世に私ひとりしかいないからかもしれない。
自分に甘く他人に厳しい適当お気楽人間の私が、母らしいことをしてあげられるとしたら、
母乳をあげることくらいしかない気がする。
それは妊娠中から思っていて、出産前に母乳育児についていろいろ調べて下準備をした。
図書館やネットで得た知識は、出産後に随分と役立った。
その知識以上に、現実は過酷だったけれど。


実際に自分が経験してみるまで、出産をすれば、母親になれば、
生理的かつ自然に母乳は出てくるものだと思っていた。
ところが、調べ物をしているうちに、
どうやらそう簡単に出るものではないことがわかってくる。
母乳は、出産してから分泌が始まるものなので、母乳が出やすい体質なのか、
そうでないのかは、産んでみなければわからない。
本来ならば、出産前からおっぱいマッサージを始めて、
母乳の分泌を促す努力をすべきなのだが、
お腹が張り気味だったため、産前のマッサージはできないまま。
出産が近づくにつれて、どうか母乳が出ますように、と心の中で祈っていた。


果たして私は、母乳が出やすい体質ではなかった。
入院中、おっぱいの出すぎに困って胸にタオルを当てたりしている人や、
そこまでいかなくてもおっぱいが張って痛いと苦しんでいる人たちがいる中、
私は自分の胸が張らないことに不安を覚えた。
そして、退院3日前。
ゲンキの体重減少が出生時の10%を超えてしまった。
遂に新生児室の看護婦さんから、ミルク追加の宣告。
これはこたえた。
ゲンキは1時間近くおっぱいをくわえているのに、ほとんど飲めていないという。
授乳の前後で体重を計っても、最大で8g、ひどい時はマイナス。
赤ちゃんが吸っていれば出てくる、というわけではないんだ。
ミルクを足すのは本当に抵抗があった。
でもゲンキの生命維持には変えられない。
退院2日目から、退院翌日まで、足掛け4日間、授乳後にミルクを与えた。


そして退院翌日、区の保健センターから派遣された助産師さんが我が家にやって来る。
ゲンキの様子やおっぱいの状態をチェックしたり、ひと通りの作業が終わって、ひと言。
「おっぱいにしこりが出来てるわよ。ミルク足すのやめなさい」
つまり、おっぱいは出ているのに、しっかり飲ませられないまま、胸に溜まっていて、
そこにミルクを足したら、いつまで経っても溜まったままだというのだ。
その日から、また完全母乳に戻した。
しかし、ゲンキの体重はあまり増えず。
病院の母乳外来や、桶谷式母乳相談室に通って、マッサージをしてもらったが、答えはいつも同じ。
「ちゃんといいおっぱいが出てますよ」


何が問題なんだろう?
病院や桶谷で相談に乗ってもらっているうち、
どうやら飲ませ方ではないかという気がしてきた。
もう一度、くわえさせ方から姿勢まで再チェックして、イチから出直し。
この時点で既に3ヶ月目に入っていたと思う。
気持ち的にはいつも不安だったが、どうしてもミルクは足したくなかった。
何でそこまでこだわるのか、自分でもよくわからない。
おそらく前述したように「母親にしか出来ないこと」を放棄したくなかったのだろう。
本当に母乳が出ていないなら、ミルクを与えるのは当然のことだ。
しかし、私の母乳は出ているらしい。
病院でも桶谷でも、質が良いと言われたのだから、それを信じよう。


母乳不足の悩みから完全に解放されたのは、6ヶ月目を過ぎて離乳食を始めてからだった。
ここまで母乳だけで大きくなったのだから、あとは離乳食を工夫して頑張ろう。
と思ったが、離乳食は進みが悪く、比重はおっぱいのほうが重いまま。
それはそれで、嬉しいのだ。
そして、今に至る。


母乳は、赤ちゃんがおっぱいを吸うことで、その刺激を感知した母親の脳が
母乳を出すホルモンを分泌せよという指令を出して生産される、完全受注生産だ。
おっぱいが張らなくても、赤ちゃんが飲み始めると、それを感知した脳から指令が出て、
「あ、作らなきゃ」とせっせと母乳を作り始めるという仕組み。
その間、数十秒〜数分。
母親の身体ってすごいなあ。
赤ちゃんが飲み続けている以上、おっぱいはいくつになっても出るそうだ。
逆に、赤ちゃんが飲まなくなると、生産も止まる。
一度止まった母乳は、次の出産があるまで、もう出ない。
これもまた身体の神秘。


常に母乳不足の心配を抱えながら、ここまで来た母Yに言えることは、
特別な事情がない限り、母乳育児は諦めないで頑張ったほうがよいということ。
本当にごく一部の人を除いて、母乳は必ず出る。
初めの1ヶ月はおっぱいの出が不安定だし、赤ちゃんも吸い方が下手だ。
ここをどうやって乗り越えるかが、その後の育児を大きく左右すると思う。
まめに病院に通って、赤ちゃんの健康状態をチェックしてもらえれば、何とかなるはず。
ひとりで悩まずに、専門家の力を借りながら、頑張ればいい。
私自身、ここまで母乳一本で頑張ってこられて、本当に良かったと思う。
それには、夫である父Jの理解と協力があったからこそなのだけれど。


母乳育児には、家族の協力が不可欠だ。
特に初産婦の場合、産後の1ヶ月は、授乳最優先で生活できる環境がないと、
精神的にも体力的にもくじけてしまうと思う。
でもそこを一緒に乗り越えれば、きっと家族の絆もより強くなる。
ひとり目はミルクで育てたお母さんたちも、2人目はぜひ母乳で頑張ってみてほしい。