病院のはしご

ゲンキの便秘が悪化している。
昨日、長時間車に乗っていたのに、お通じがなかった。
一生懸命踏ん張っているのだが、出ない。
顔を真っ赤にして、汗だくになりながら気張っているのに、出ない。


正確には、ほんのひと口だけ、申し訳程度に2度ほど出た。
文字通り、ほんのひと口。
柔らかいから、固くて詰まっている訳ではないと思うのだが。


今朝も早朝から気張っていたが、出なくて泣く。
正確には、またもほんのひと口。
あやして落ち着いたかと思ったら、1時間ほどでまた同じ状態に。
ひと口は出ているのに。
綿棒に馬油をつけて、綿棒浣腸をしてみる。
ますます大泣き。しかも綿棒に血が付いているではないか。
気張りすぎて切れたらしい。
典型的な痔の症状だ。
便意があって出したいのに、痛いからついお尻に力がはいって萎縮して出ないんだ。
母Yとしては、子供の頃から便秘に苦しんで来ただけに、人ごとではない。
とにかく、泣くほどの痛みではどうしようもないので、医者に行かねば。


昨夜のうちに予約しておいた小児科は、順番待ち中で診察予定が午前11時半だ。
それまで4時間近く待たせるのは酷だろう。
9時から開いている個人医院に行くことにする。
8時50分に行ったら、2番目に診てもらえることになった。
この個人医院は、内科と小児科と肛門科を兼ねていて、いつも混んでいる。
受付がホテルのロビーのようで、立派で清潔。
母Yも2月にひどい風邪を引いた時に診てもらったが、感じの良い先生だった。


診察室に入って、状況を説明する。
「わかりました。じゃ、診てみましょう」
と言って、恰幅の良いその先生はおもむろに医療用のゴム手袋をして、ゲンキのお尻に指をつっこんだ。
えええええ。
赤ちゃんのお尻に、そんなぷくぷくの指入れるんですかっ。
しかもぐりぐりしている。
ゲンキ大泣き。
「特に何か異常があるわけではないようですね」
だから、便秘なんですってば。ただの便秘です。
看護婦さんが、片手でゲンキの下腹を押しながら、片手で肛門を押している。
要するに、押し出し。
お尻に血がにじんで、見るからにかわいそうだ。
「こういう風にマッサージすれば出ますから。家に帰ったら、お尻を洗って、お薬つけて下さい」
痛そうだけど、我慢しなきゃならんのですね。
「血が出るのは仕方ありませんね。そのうち止まりますから」
確かに止まらないと困るけど、その程度でいいのだろうか。
でも薬を出してくれるなら、傷の回復も早いだろう。
お礼を述べて、診察室を出る。
ゲンキは痛みと疲れのせいか、帰り道で寝てしまった。
受け取った処方箋を近所の薬局に出して、その間に遅い朝食を食べに父Jとモスバーガーへ。
新メニューの「すいとん入りカレースープ」を頼んだら、美味かった。


帰りにスーパーに寄ってから、薬局で薬を受け取る。
チューブに入った軟膏。あれ、見たことあるぞ。
これって、痔の座薬じゃないか。赤ちゃん用??
「いえ、大人が使うのと同じです」
塗り薬って聞いたんですけど。
「ええ、塗っても使えますよ」
薬剤師さん、あっさりと言う。
とりあえず受け取って帰ったが、納得いかない。
痔の軟膏って、肛門付近の神経を麻痺させるんだよね。
で、痛くないようにして便を出すわけなんだけど。
痔持ち歴の長い母Yとしては、0歳児に使いたくない。
ていうか、何の解決にもならない。
母Yとしては、ゲンキの便秘を解消させたいのであって、痔のケアは二次産物だ。
やっぱり予約していた小児科に行こう。


眠るゲンキをスリングに再度突っ込んで、急いで小児科へ。
まだ順番前で良かった。
この小児科の先生は、先月ゲンキの舌を診てもらった時に
口内炎だね。薬を使う必要はないから、このまま様子見て」
と診断を下した先生だ。
実際は、口内炎ではなく「リガ・フェーデ病」というれっきとした病気で、潰瘍だった。
結局、口腔外科にかかって、ゲンキは歯を削られたのだった。
専門医でないとわからない病気だったから、仕方ないと言えば仕方ない。


再度、状況を説明する。
さっき別の病院でこのお薬もらったんですけど、これを0歳児に使うのはどうかと思うんですよ。
「そうですねえ……痔の薬ですからね、これ。使わなくていいと思いますよ」
やっぱり。
マッサージとかいろいろしてみたんですけど、効果がないし、
このままではあまりに苦しそうなのですが。
先生は、ふむふむ、とか何とか言いながら、お腹やお尻を診てくれる。
「ちょっとかわいそうだけど、一度浣腸して便の状態を見ましょう」
至極真っ当な小児科医の診断をいただく。
そうですよね。お願いします。


ゲンキ、人生初の浣腸。
もちろん大泣き。激泣き。
歯を削った時と同じか、それ以上の泣き。
今日は2度も泣かせられて、本当にかわいそうだ。
さすがに今回は、母Yが抱っこしても簡単には泣き止まない。
「そのうち出てきますから、しばらく待合室で待っていて下さい」
待合室で、苦しそうに泣きながら、ブリブリと詰まった便を出すゲンキ。
母Yをじっと見ながら「なんでお母さんは僕をこんな辛い目に遭わせるの」という顔をしている。
ごめんよ、ゲンキ。


お腹具合が落ち着いたのか、5分ほどで泣き止む。
再度診察室へ。
「便の状態は、悪くないですね。これだけ柔らかいのは便秘とは言いません」
そうなんですか?1週間出なくても??
「1週間から10日出ないのは、珍しくないですよ。固くて出ないようなことがあったらまた来て下さい。
座薬を出しておきますから、苦しくて出せなそうな時は、これを使ってみて下さいね。
市販の浣腸も用意しておくといいかもしれません」
薬局で、子供用の浣腸が売られているそうだ。
離乳食の間は、便の状態が目まぐるしく変わるから、慌てずに様子を見るようにアドバイスを受けた。
今回は、とにかく納得して帰る。


病院を出ると、ゲンキはくすんくすんとすすり泣きながら
「イタイイタイイタイ」
と言った。
え?
あんた、喋った??
くすんくすん。
気のせいか??
指をしゃぶりながら、ぐれた目つきで母Yをじーっと見ている。
許せ、ゲンキ。
でも、もうお腹痛くないでしょ?すっきりしたでしょ?


帰宅後、3回にわたってお通じがあった。
相当詰まっていたらしい。
ゲンキの機嫌もすっかり直って、ご機嫌のまま眠りについた。
当分は便秘との戦いだな。


夕方、父Jに抱かれながら、またゲンキが
「イタイイタイイタイ」
と言った。
自分の名前以外に、初めて喋った単語が「イタイ」なのは、心が痛んだ。